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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)5524号 判決 1975年1月28日

原告

喜井和夫

原告

山本晴郎

原告

株式会社三豊商店

右代表者

喜井政次

右原告ら訴訟代理人

井戸田侃

被告

市成弘

被告

東京通建株式会社

右代表者

辻畑順一

右被告ら訴訟代理人

尾崎昭夫

外一名

主文

一  被告らは各自原告喜井和夫に対し金一四五、二〇〇円およびうち金一三二、〇〇〇円に対する昭和四七年一二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員、原告山本晴郎に対し金七一、八〇〇円およびうち金六五、八〇〇円に対する前同日から支払ずみまで前同割合による金員を支払え。

二  被告市成弘は、原告株式会社三豊商店に対し金三六三、〇〇〇円およびうち金三三〇、〇〇〇円に対する昭和四七年一二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告喜井和夫の被告らに対するその余の請求ならびに原告株式会社三豊商店の被告市成弘に対するその余の請求および被告東京通建株式会社に対する請求を棄即する。

四  訴訟費用中、原告喜井和夫、同山本晴郎と被告らとの間に生じたものは、すべてこれを同被告らの連帯負担とし、原告株式会社三豊商店と被告市成弘との間に生じたものは、これを九分し、その八を同原告、その余を同被告の各負担とし、同原告と被告東京建通株式会社との間に生じたものは、すべて同原告の負担とする。

五  この判決は一、二項にかぎり仮りに執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告ら

1  被告らは各自原告喜井和夫に対し金一四八、一〇〇円およびうち金一三五、一〇〇円に対する昭和四七年一二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員、原告山本晴郎に対し金七一、八〇〇円およびうち金六五、〇〇〇円に対する前同日から支払ずみまで前同割合による金員、原告株式会社三豊商店に対し金二、九〇〇、〇〇〇円およびうち金二、六五〇、〇〇〇円に対する前同日から支払ずみまで前同割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二、被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  請求原因

一、事故

つぎの交通事故により、原告喜井、同山本は、傷害、原告株式会社三豊商店(以下「原告会社」という。)は、物損等をそれぞれ被つた。

1  日時 昭和四六年一二月六日午前三時五〇分ころ

2  場所 大阪区北区鶴野町二五番地先路上

3  加害車 普通貨物自動車(品川四四な二五六六号)

運転者 被告市成

4  被害車 普通貨物自動車

運転者 原告山本

同乗者 原告喜井

5  態様 北から南に向つて進行していた被害車が対面進行して来た加害車と衝突した。

二、責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告会社は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。

2  使用者責任(民法七一五条一項)

被告会社は、その営む事業のため、被告市成を雇用し、同被告が被告会社の業務の執行とし加害車を運転中、つぎの3記載の過失により本件事故を発生させた。

3  一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告市成は、本件事故当時無資格で、しかも酒気を帯び進路についての注視不十分のまま加害車を運転のうえ、進路中央分離帯の切目を通つて無謀にも危険な転回をした過失により、本件事故を惹起するに至つたものである。

三、原告喜井の損害

1  傷害、治療経過等

(一) 傷害

前額部打撲挫創、右前腕、左膝打撲擦過傷、左右膝蓋骨打撲擦過傷

(二) 治療経過

昭和四六年一二月六日から同月二六日まで二一日間行岡病院に入院

翌二七日から昭和四七年一月二四日まで同病院に通院

2  損害額

(一) 治療費 金三、九〇〇円

前記病院における入通院治療費として、右金額を要した。

(二) 入院雑費 金六、三〇〇円

前記二一日間の入院に伴う雑費として、一日金三〇〇円の割合による右金額を要した。

(三) 入院付添費 金二、〇〇〇円

前記入院中の二日間妻が付添看護にあたり、一日金一、〇〇〇円の割合による右金額の付添看護費用相当損害を被つた。

(四) 眼鏡代 金一七、九〇〇円

原告喜井のかけていた眼鏡が本件事故により被損し、これと同種同等のものを購入するにつき、右金額を要した。

(五) 慰藉料 金一〇五、〇〇〇円

本件事故の態様、原告喜井の被つた傷害の部位、程度、治療の経過、期間、その他諸般の事情によれば、同原告の慰藉料額は、右金額とするのが相当である。

(六) 弁護士費用金一三、〇〇〇円

原告喜井は、本訴の提起、追行を弁護士に委任し、その費用、報酬として右金額を支払う旨約諾している。

四、原告山本の損害

1  傷害、治療経過等

(一) 傷害

前額部、左肘部、左手首打傷撲、胸部打撲傷

(二) 治療経過

昭和四六年一二月六日から同月一七日まで行岡病院に通院

2  損害額

(一) 治療費 金一五、八〇〇円

前記病院における通院治療費として、右金額を要した。

(二) 慰藉料 金五〇、〇〇〇円

本件事故の態様、原告山本の被つた傷害の部位、程度、治療の経過、期間、その他諸般の事情によれば、同原告の慰藉料額は、右金額とするのが相当である。

(三) 弁護士費用 金六、〇〇〇円

原告山本は、本訴の提起、追行を弁護士に委任し、その費用、報酬として右金額を支払う旨約諾している。

五、原告株式会社三豊商店(以下「原告会社」という。)の損害

1  物損 金四五〇、〇〇〇円

本件事故により原告会社所有の被害車が修理を加えても使用できないまでに大破し、その時価相当右金額の損害を被つた。

2  逸失利益 金二、二〇〇、〇〇〇円

原告会社は、塩干物の卸売を営業目的とする株式会社であり、大阪市中央卸売市場内に店舗を構えて営業しているものであるか、もともと喜井政次が三豊商店の商号を使用し個人で行つていた営業を監督官庁である大阪市の勧奨により昭和三九年三月三日株式会社組織の営業に変えたものであつて、会社組織になつてからも営業の実態は依然個人営業時代のそれと全然変るところがなつかつたところ、本件事故当時には、形式上はまだ代表取締役の地位にあるものの、すでに第一線を引退してしまつていた先代右政次の後を襲い、原告喜井が原告山本ほか一名の雇人を使用してその経営を続けていたものであり、会社とは名ばかりの、俗にいう原告喜井の個人会社であり、その実権も原告喜井個人に集中していて、同原告には勿論原告会社の機関としての代替性がなく、経済的にも原告喜井と一体をなす関係にあつた会社であつた。

そこで、原告喜井において前記のように傷害を被り、入院治療等を余儀なくされて営業活動に従事できなくなると、当然のことながら、原告会社は、休業の止むなきに至つて利益を挙げることができなくなつたほか、すでに仕入れていた商品を適切な時期に売却できなくなつて後日廉売せざるを得なくなり、これにより少くとも金二、二〇〇、〇〇〇円の得べかりし利益喪失による損害を被つた。

3  弁護士費用金二五〇、〇〇〇円

原告会社は、本訴の提起、追行を弁護士に委任し、その費用、報酬として右金額を支払う旨約諾している。

六  結論

よつて、原告らは、被告らに対し本件事故に基づく損害の賠償として、原告喜井において金一四八、一〇〇円およびうち弁護士費用を除く金一三五、一〇〇円に対するもつとも遅い本件訴状送達の日の翌日である昭和四七年一二月四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金、原告山本において金七一、八〇〇円およびうち弁護士費用を除く金六五、八〇〇円に対する前同日から支払ずみまで前同割合による遅延損害金、原告会社において金二、九〇〇、〇〇〇円およびうち弁護士費用を除く金二、六五〇、〇〇〇円に対する前同日から支払ずみまで前同割合による遅延損害金の各自支払を求める。

第三  答弁

請求原因一項の事実は認める。

同二項中、1の事実および2のうち被告会社がその営む事業のため被告市成を雇用していたことは認めるが、その余の本件事故につき被告市成に過失があつたとの点は否認する。

請求原因三、四、五項の事実は知らない。

同五項は争う。

第四  抗弁等

一、免責

本件事故発生地点は、南北に通ずる片側各二車線からなる道路上であつて、被告市成は、本件事故当時右道路の北行車線上を南から北に向つて加害車を運転進行し、本件事故発生地点に至ると、対向の南行車線との間に設けられていた中央分離帯の切目を通つて転回南進しようとしてハンドルを右に切り、加害車をほぼ東向きにした状態で右中央分離帯切目から対向の南行車線上に向つて低速度で進入しはじめたところ、右南行車線上を南から北に向つて付近道路における車輛の制限速度をかなり超過した高速度で進行しながら接近して来る被害車を発見するに至つたが、当時の状況は、そのまま低速度で転回を続けると、走行車線上を進行して来る被害車との衝突が避けられず、さりとて、加速して急ぎ転回すると、道路の幅員からみて、転回自体が途中で不可能になつて、南行車線全体を塞ぐように横向き停車せざるを得なくなりかえつて大きな危険を招くおそれがあつたので、加害車の同乗者および自己を事故の危険から守るため、止むなくハンドルを左に切りながら進行して南行車線の追越車線上に避譲進出し、同所において加害車の左前照灯が中央分離帯に接着するようにして斜め停車していたところ、被害車を運転していた原告山本において前方の注視を怠り、しかも、故なく南行車線の追越車線上を前記のようにそのまま高速度で進行して来て、制動措置も講じないまま、加害車の右側後部に被害車の前部をもつて衝突するに至つたものである。

以上の次第で、本件事故は、被害車を運転していた原告山本の一方的過失により生じたのであつて、加害車を運転していた被告市成には全然過失がなかつたところ、加害車には本件事故と関係づけられるような構造上の欠陥または機能の障害がなかつたものであるから、被告会社は、加害車の保有者としての損害賠償責任を免れることができるものである。

二、正当防衛

前項において述べたところから明らかなように、被告市成が行つた加害行為は、原告山本の不法行為に対し自己および加害車に同乗中の第三者の権利を防衛するため、巳むを得ずして行われたものであるから、被告らは、本件事故についての損害賠償責任を負わなくてすむものである。

三、過失相殺

かりに、本件事故につき被告市成に過失があつたと認められるとしても、一項において述べたところによれば、原告山本の側にも過失があつたことが明らかであるから、被告らにおいて賠償すべき原告らの損害額の算定に際しては、この点が斟酌され、相当の減額がなされなければならない。

第五  抗弁等に対する答弁

抗弁等一、二、三項の事実は否認する。

証拠<略>

理由

一事故

請求原因一項の事実は当事者間に争いがない。

二責任原因

1  運行供用者責任、一般不法行為責任

請求原因二項1の事実は、当事者間に争いがないところ、被告らは、被告市成の本件事故についての過失を否定し被告会社においては、免責の主張をするので、以下この点について検討すると、<証拠>によれば、つぎのとおりの事実を認めることができる。

本件事故が発生した道路は、片側各二車線からなり、南北に通じている高架式の車輛通行用の道路であつて、右道路の南行車線と北行車線とは、その間に設けられている幅0.88メートルの基部に高さが路面上から約1.1メートルにおよぶ樹木が植込まれている中央分離帯により分離され、車輛の転回が事実上不可能になつていたが、本件事故発生地点においては、非常用のため、右分離帯が長さ約9.35メートルにわたつて途切れ、これに代わつて非常の場合には開くことができる移動式鉄柵が設けられていたところ、本件事故当時は右鉄柵が開かれ、南行および北行両車線間に幅約4.5メートルの開口部ができていた。なお、右道路は、南から北に向つて進行した場合、本件事故発生地点のやゝ手前から本件事故発生地点にかけてやゝ右に彎曲していたが、本件事故発生地点付近以遠はかなりの距離にわたり直線状をなすとともに、やゝ下り勾配にもなつており、付近には、夜間といえども街路灯の照明により明かるくなつていた。

被告市成は、自動車運転の免許を受けていなかつたが、かねて自動車教習所、その他の場所で練習をしていたところから、自動車の運転が一応でき、本件事故当日は加害車を運転して午前一時過ころなじみの洋酒喫茶店に赴き、午前二時過ころまでの間にウイスキーロック四杯くらいを飲んだうえ、閉店後帰宅する同店の女性従業員三名を加害車に乗せて自宅に送り届けるため、加害車を運転して同店前を出発した。そして、同被告は、途中寿司店に立寄り、同女らと飲食したうえ、再び同女らを乗せた加害車を運転し、前記道路の北行車線上を南から北に向つて毎時約七〇キロメートルの速度で進行しながら本件事故発生地点に向つて接近して来たが、そのうち前記寿司店における支払が完全にすんでいるかどうかが心配になつて来たため、同店に引き返してこれを確認しようと考え、ここに加害車を転回させる箇所を探していたところ、間もなく前記中央分離帯の開口部が見つかつたので、同所を通り抜けて転回しようと考え、加害車の速度を毎時約二〇キロメートルに減速し、ハンドルを右に切りながら進行して右開口部から加害車の前部を対向の南行車線上にやゝ進出させたところ、同車線上を北から南に向つて進行して来ていた被害車が四〇メートル足らずの至近距離に接近して来ているのを認めるに至つた。そこで、同被告は、転回の危険を察知しあわてて、ハンドルを左に切つて加害車を同車線のうち中央分離帯寄り部分上に加害車に対面するよう北に向つて進入させ、その左前部付近が中央分離帯に近ずくようにしてやゝ左斜め向きになるよう停車させたところ、これと相前後して被害車の右前部が加害車の右側面後部付近に激突するに至つた。

他方、原告山本は、前記のように右道路の南行車線(幅員7.5メートル)のほぼ中央付近上を北から南に向つて被害車を運転進行して来たところ、進路前方に加害車が黒い影となつて現われるのを発見したが、とつさのことで衝突回避措置を講ずる暇もないまま、前記のようにこれに衝突するに至つた。

以上の事実が認められるのであつて、<証拠>の各記載中、右認定に反する部分は、右認定事実に照らし、信用し難い。

さて、右認定の事実によれば、本件事故は、被告市成において加害車を転回させるに際し、対向車線上を接近して来ている車輛につき十分な注意を払わないまま転回を開始して不用意に対向車線側に進入しはじめるとともに、同車線上を接近して来た被害車を至近距離に発見してから、狼狽のあまり被害車を避けようとする意図からであつたとはいえ、ハンドルを左に切りつつ対向車線上に加害車をさらに乗り入れ、道路中央分離帯寄り部分に被害車とほぼ正対するように停車したため惹起されるに至つたものということができる。ところで、自動車を運転して道路を転回しようとする者は、自らの運転する自動車をもつて対向車線上を横断することになるのであるから、あからじめ対向車線上を接近して来る車輛の動静につき十分な注意を払い、その進行を妨害しないようにして安全にこれを行う注意義務を負うものであるところ、被告市成は、さきに認定したように対向車の動静につきあらかじめ十分な注意を払わないまま不用意に転回をはじめるとともに、対向して進行して来た被害車を発見してからも、無資格運転者にみられる判断および運転技術の未熟のためであろうか、なお対向車線内に深く加害車を進入させるようにして衝突事故の発生を不可避のものとしたものであるから、本件事故につき過失の責を負わなければならないことが明らかである。

なお、被告らは、被告市成の右認定本件事故当時の所為をもつて正当防衛行為である旨主張し、右認定の事実によれば、被告市成の本件事故当時における一連の所為中、後の部分の所為に該当する衝突回避措置は、衝突事故の発生を回避して自己または加害車の同乗者等の権利を防衛する意図のもとにさなれたものということができないわけではないが、そもそも自己または右同乗者等の生命、身体等に対する危険を招いたのは被告市成の過失ある違法行為自体にほかならなかつたのであるから、同被告の前認定加害行為をもつて不法行為としての違法性を欠く、正当防衛行為と評価することは到底できないものである。

そうすると、被告市成は、一般不法行為者として本件事故による損害を賠償する責任があるし、また、被告会社の免責の主張は、爾余の点について判断を加えるまでもなく理由がないから、被告会社は、自賠法三条により本件事故によるいわゆる人損を賠償する責任がある。

2  使用者責任

被告会社がその営む事業のため、被告市成を雇用していたことは当事者間に争いがないところ、原告らは、本件事故が被告会社の業務の執行につき惹起されたものである旨主張するので、以下この点について検討すると、<証拠>によれば、つぎのとおりの事実を認めることができる。

被告会社は、通信関係施設の建設請負を営業目的とする会社であり、被告市成は、目黒高等無線学校を卒業して被告会社に入社し、通信ケーブル搬送のA級免許を取得し、東京本社所属の技術員として各地の無線中継所の通信施設建設現場に派遺され、作業に従事していた。

ところで、被告市成は、右職務の遂行上運転免許を取得し自動車の運転ができれば便利であるうえ、かねて被告会社上司からも免許を取得するようすゝめられていたので、一時前認定のように自動車教習所に通い、あるいは、山間僻地の無線中継所建設現場に派遣されて作業に従事していた際、昼休み等の時間を利用し、作業現場の空地やこれに準ずる他の車輛の通行の殆んどない山間の道路上において時折被告会社の自動車を使用して運転練習を積み、本件事故の約八か月前である昭和四六年四月ころにも栃木県下の那須無線中継所建設作業現場において運転練習を行つていた。

さて、被告市成は、本件事故当時京都府下園部の電話中継所の通信施設工事現場に派遣され、大阪営業所長家光啓至の監督下に入つて技術長の役職で部下二名を使いながら作業に従事していたが、かねて大阪営業所管内の工事現場に派遣され、これに伴い本件事故の約三年前から仕事上時折同営業所に立寄ることもあつて、同営業所内部の勝手はこれを一応知つていたところ、本件事故前日の昭和四六年一二月五日は日曜日で作業も休みであつたので、友人と飲酒歓談して過ごすつすつもりで園部を発ち、午後三時半ころ大阪に着いたが、右友人と連絡がとれなかつたので、東京本社から知人でも来ていないかと夕刻ころ右営業所に赴いたところ、営業所内には誰一人見当らず、そのうち構内に自動車数台が駐車してあるのが目につくと、前認定のように無免許ながら自動車運転が一応できるところから、つい運転してみたくなり、ここに勝手を知つた営業所内の前記家光の机の抽出から主として同人が運転している加害車のエンジンキーを取り出し、これを使用して加害車のエンジンを始動させたうえ、市内繁華街に乗り出し、映画見物、飲食等をして過ごした後前認定のように翌六日午前一時過ころ洋酒喫茶店に赴き、その後前認定経過を辿つて本件事故を惹起するに至つた。

以上の事実が認められるのであつて、前記甲一八号証の記載中、右認定に反する趣旨の部分は、証人家光啓至の証言に照らし信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

さて、右認定の事実によれば、被告市成は、被告会社においてケーブル搬送等の専門技術員として稼働し、業務上自動車運転に従事することはなかつたものであるが、その業務遂行に際しては、自動車の運転ができると便利であり、かねて上司からも自動車運転免許を取得するようすゝめられ、被告会社から派遣され稼働していた山間僻地の作業現場において作業の余暇等を利用し被告会社の自動車を使用して運転練習をすることもあつたのであるから、同被告による被告会社の自動車運転であれば、同被告の職務の範囲内にある行為としなければならないような場合もあり得ることは否定できないであろうが、本件事故当時同被告は、日曜日の休暇を楽しむため、自己の派遣されていた作業現場を遠く離れた大阪市に赴いたついでに、職務とは全く無関係に、かねて職務上時折立寄り、勝手を知つていた同市内にある被告会社大阪営業所に漫然赴き、日曜日による従業員の不在に乗じ、つい同所に駐車してあつた加害車を無断で乗り出し、夕刻から深夜にかけて自らの遊興のためこれを乗りまわしていて本件事故を惹起するに至つたものであるから、これらの事情によれば、同被告による本件事故当時における加害車運転行為をもつて被告会社の事業とは直接はもとより間接にも関係ある行為とするのは困難である。

そうすると、被告市成による加害車の運転は、原告ら主張のように被告会社の業務の執行につきなされたものとは認め難く、他に右認定を左右し、原告ら主張の事実を肯定するに足る証拠はないから、原告会社の被告会社は対するいわゆる物損の請求は理由がないといわなければならない。

三原告喜井の損害

1  傷害、治療経過

<証拠>によれば、原告喜井は、本件事故により前額部打撲挫創、右前腕、左膝部打撲擦過傷、左膝蓋骨々折、右膝蓋骨々折の傷害を被り、事故当日の昭和四六年一二月六日から同月二六日までの二一日間行岡病院に入院して治療を受け、その後は昭和四七年一月二四日までの間同病院に通院して治療を受けたところ、そのころまでには自力でともかく歩行できるまでに恢復するに至つたことが認められる。

2  損害額

(一)  治療費 金三、九〇〇円

<証拠>によれば、原告喜井は、前認定のように行岡病院に通院して治療を受けたことに伴い、同病院に対し右金額を支払つたことが認められる。

(二)  入院雑費 金六、三〇〇円

経験則によれば、原告喜井の前認定二一日間の入院に伴い、一日金三〇〇円の割合による右金額の雑費を要したことが認められる。

(三)  入院付添費 金二、〇〇〇円

前認定原告喜井の被つた傷害の部位、程度よりすれば、同原告の入院治療に際しては、はじめの数日間付添看護を要したことが認められるところ、<証拠>によれば、同原告は、前認定入院中のはじめの二日間妻喜井美根子の付添看護を受けたことが認められるから、同原告は、右付添看護により付添看護費用相当損害を被つたものと認めることができるところ、経験則によれば、右損害は、付添一日につき同原告主張の金一、〇〇〇円の割合による金二、〇〇〇円と認めるのが相当である。

(四)  眼鏡代 金一五、〇〇〇円

<証拠>によれば、原告喜井は、本件事故のため、当時かけていた眼鏡が破損し、ここに少くとも右金額を出捐して代わりの眼鏡を購入使用していることが認められるから、原同告は、右眼鏡購入費用相当損害を被つたものということができる。

(五)  慰藉料 金一〇五、〇〇〇円

さきに認定した原告喜井の被つた傷害の部位、程度、治療の経過、期間、その他諸般の事情によれば、同原告の慰藉料額は、同原告主張の右金額を認めるのが相当である。

四原告山本の損害

1  傷害、治療経過

<証拠>によれば、原告山本は、本件事故により前額部、左肘部、右膝部、左手挫傷、胸部打撲の傷害を被り、事故当日の昭和四六年一二月六日から昭和四七年一月二四日までの間一二回にわたり同病院に通院して治療を受けたところ、そのころまでには治癒するに至つたことが認められる。

2  損害額

(一)  治療費 金一五、八〇〇円

<証拠>によれば、原告山本は、前認定行岡病院への通院治療費として右金額を支払つていることが認められる。

(二)  慰藉料 金五〇、〇〇〇円

さきに認定した原告山本の被つた傷害の部位、程度、治療の経過、期間、その他諸般の事情によれば、同原告の慰藉料額は、右金額と認めるのが相当である。

五原告会社の損害

1  物損 金三三〇、〇〇〇円

<証拠>によれば、被害車は、原告会社において昭和四五年一二月中金五一二、五〇〇円で購入し、本件事故のときまで一年間にわたり使用していたものであるところ、本件事故により修理を加えても使用できないまでに大破するに至つたことが認められるから、原告会社は、本件事故により被害車の時価相当損害を被つたものということができるところ、右認定被害車の車種(貨物自動車)、取得価額、使用期間、被害車の耐用年数を経験則上認めることができる五年間として税法上の減価消却に用いられているわゆる定率法により算出した時価(金三二三、三八七円)等によれば、被害車の時価は、金三三〇、〇〇〇円と認めて差支えないであろう。そうすると、原告会社において賠償を求め得る被害車破損による損害は、金三三〇、〇〇〇円である。

2  逸失利益

<証拠>を綜合すれば、つぎのとおりの事実を認めることができる。

喜井政次(明治三六年生)は、昭和二五年ころ大阪市中央卸売市場の仲買人資格を取得し、爾来同市場内に店舗を構え、三豊商店の商号を使用して水産物および水産加工物の販売業を営んで来たところ、そのうち仲買湘の評価および分荷機能を充実し、取引の円滑かつ能率化を図るため仲買人の大型化および法人化が推進される趨勢となり、ここに昭和三九年ころ右個人商店による経営を株式会社組織に改組して払込資本金五、〇〇〇、〇〇〇円の原告会社を設立し、その代表取締役に就任し、従前同様の営業に従事することになつた。

ところで、右政次は、昭和三一年二月ころ将来は自己の後継者とするため、原告和夫(昭和四年生)を養子に迎え、爾来同原告に前記営業を手伝わせながら仕事を教え、同原告において仕事を覚え、仲買人の資格を取得して一人前に稼働できるようになるにつれ、次第に自己の行つて来た業務を同原告に肩代わりさせて行き、原告会社の設立に際しては、同原告を取締役に就任させた。

さて、原告会社の設立に際しては、前記のようにその代表取締役に政次、取締役に原告和夫がそれぞれ就任したほか、なお取締役に村井芳太郎、監査役に喜井ツネ子がそれぞれ就任したが、右芳太郎およびツネ子は、いわば名目上の役員であつて、芳太郎において週一、二回原告会社に顔を出す程度であり、原告会社の営業は、政次の個人営業時代と同様同人および原告和夫により運営され、右個人営業時代のそれと異る点がなく、株主総会など開催されることは勿論なかつたが、ただ、前記のような事情から会社設立以降も原告和夫の活動分野が広がり、これに比例して政次の活動分野が縮少して行つた。そして、本件事故当時原告和夫は、午前四時ころ出勤し、市場におけるせりに参加して商品を購入し、原告晴郎ほか一名の従業員を駆使してその販売等に当つていたが、政次は、せりに参加することはなく、午前五時ころ出勤して来て売上日記の記帳および代金の収受を手伝う程度であつた。

こうして、原告和夫、同晴郎の両名が本件事故により前認定のように負傷し、一時稼働できなくなると、原告会社は、その主要な働手を失つて売上が減少するに至つた。

以上の事実が認められる。

さて、右認定の事実によれば、原告会社は、かねて喜井政次が個人で興し培つて来た水産物および水産加工物の卸売営業を、生鮮食料品の流通機構改善近代化推進の趨勢に押され法人組織に改めざるを得なくなつて設立発足するに至つた払込資本金五、〇〇〇、〇〇〇円の会社であるが、もともと大阪市中央卸売市場内に店舗を構え、仲買人資格を持つた同人およびその養子である原告喜井が原告山本ほか一名の店員を使用し、右卸売市場においてせりにより購入した水産物類を販売する程度の単純、小規模な営業形態をとる会社であつて、それが会社組織に改められたからといつて、これより実態に変更が起きようもなく、その実態は、依然いわゆる個人企業にほかならないものであつたということができる。ところで原告会社は、本件事故による直接の被害者ではない(もつとも、原告会社が物損を被つたことはさきに認定したとおりであるが、この点は、原告会社の逸失利益の請求とは無関係であるので、考慮の外におくことにする。)ことはさきに認定したところから明らかであるから、原則として本件事故の加害者側である被告らに対し損害賠償を求めることはできないと解するのが相当であるが、原告会社が前認定のようないわめる個人企業である以上、これと同一体の関係にある企業経営者個人に対し違法な侵害が加えられ、これにより営業上の損害が不可避的に発生するに至つた場合、右損害を企業経営者個人の損害とするか、あるいは、原告会社の損害とするかは全く形式的なことにすぎないといわなけばならず、そうとすれば、さきに認定したように本件事故により直接被害を受けた原告善井において右に述べたような原告会社と同一体の関係にある企業経営者に該当するならば、原告会社は、原告喜井の受傷により原告会社に不可避的に生ずるに至つた損害につき賠償を求めることが許されるものと解して差支えないであろう。そこで、以下この点について検討すると、さきに認定したところによれば、原告喜井は、前記政次が興し培つて来た営業を継ぐため同人に養子として迎えられ、爾来右営業を手伝いながら同人から仕事を教わり、これを覚えるにつれて従来同人が行つて来ていた業務を次第に肩代わりして行うようになり、本件事故当時は仲買人資格を取得し、市場においてせりに参加し、これにより仕入れた水産物類を販売するとともに、会計帳簿類の記帳にも当るようになつていたのに対し、政次は、毎日出勤して来るものの、営業に関しては売上日記の記帳および代金の収受を手伝うくらいであつて原告会社の主要な働手は、原告喜井であつたことは疑の余地がないが、さりとて、原告会社は、もともと右政次がその前身の営業を興して以来同人において永年にわたり培つて来たものであつて、なるほど、本件事故当時同人は、原告会社の正要な働手ではなかつたにせよ、なお引退して営業活動に全然参加していないわけではなく、その代表取締役に就任し、毎日出勤して来ていたのであるから、原告会社の信用は、まだ主として同人に化体しているほか、原告会社の経済上の実権も依然同人に掌握されていたものと推認するのが相当である。そうとすれば、原告喜井は、原告会社の主要な働手であつたとしても、まだ原告会社と同一体の関係にある企業経営者ということが困難である。のみならず、原告会社が前認定のように卸売市場のせりに参加して商品を仕入れ、これを同市場内の店舗において販売するにすぎない営業形態をとるものであることよりすれば、前記政次においてその経験および仲買人資格の両者を兼ね備え、かつ、年令もまださして高令でない以上、原告喜井の負傷休業中同原告に代わつてせりに参加するとともに、適当な使用人を雇入れることにより営業を従前どおり維持継続することもあながち至難の業とは考えられないから、代替の使用人雇入のために要する費用のような損害はさておき、原告喜井の休業によりもたらされた原告会社の商品売上減に基づく損害のごときは、本件事故に関し不可避的に生ずる損害とも認め難い。

以上のとおりとすれば、原告会社は、原告喜井の負傷休業により前認定のように売上が減少し、あるいは、仕入れた商品の売却時機を失し、これにより収益減を招いたとしてもこれによる損害の賠償を被告らに対し求めることができないといわなければならない。

六過失相殺

二項1において認定した事実によれば、本件事故は、加害車を運転していた被告市成が中央分離帯により両車線が峻別され、元来は車輛の転回が予想されないような車輛用道路上において、非常の場合に開くことができるようになつていた右分離帯の開口部が、たまたま開放されているのに乗じ、同部分を通り対面進行して来る被害車の進路直前に進出して転回しようとしたことが原因となつて生じたものであつて、被害車を運転していた原告山本としては、本件の場合加害車との衝突を回避することは困難であつたものと認められる。もつとも、さきに認定した本件事故当時における加害車の停車位置からすれば、被害車において本件事故当時右道路の道路端側走行車線上を進行していたならば、本件事故に会わなくてすんだものと認められるところ、車輛の運転者は、左側通行の原則を遵守すべきことはいうまでもないことであるから、前認定のように本件事故当時二車線からなる車道のほゞ中央付近を進行していた原告山本には若干の非難が加えられないでもないが、さきに認定した被告市成の過失の程度等と比較すれば、この程度のことを捉えて過失相殺をするのは相当でないと解する。

七弁護士費用

本件事故に基づく損害賠償として原告喜井は、被告らに対し三項2の金一三二、二〇〇円、原告山本は、被告らに対し四項2の金六五、八〇〇円、原告会社は、被告市成に対し金三三〇、〇〇〇円の各請求権を有するところ、被告らにおいて任意にその支払をしないため、原告らにおいて本訴の提起、追行を弁護士に委任し、その費用として原告喜井において金一三、〇〇〇円、原告山本において金六、〇〇〇円、原告会社において金二五〇、〇〇〇円の各支払を約諾していることは本件口頭弁論の全趣旨から明らかであり、本件事案の内容、審理経過、本訴請求額および認容額等に照らすと、弁護士費用として原告喜井は、被告らに対し金一三、〇〇〇円原告山本は、被告らに対し金六、〇〇〇円、原告会社は、被告市成に対し金三三、〇〇〇円の各支払を求めることができるとするのが相当であると認められる。

八結論

よつて、被告らは、各自原告喜井に対し金一四五、二〇〇円およびうち弁護士費用を除く金一三二、二〇〇円に対するもつとも遅い本件訴状送達の翌日であること当裁判所に顕著な昭和四七年一二月一四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金、原告山本に対し金七一、八〇〇円およびうち弁護士費用を除く金六五、八〇〇円に対する前同日から支払ずみまで前同割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、また、被告市成は、原告会社に対し金三六三、〇〇〇円およびうち弁護士費用を除く金三三〇、〇〇〇円に対する前同日から支払ずみまで前同割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告山本の本訴請求は、すべて理由があり、また、原告喜井、原告会社の本訴請求は、右の限度で正当であるから、それぞれこれを認容し、原告喜井の被告らに対するその余の請求および原告会社の被告会社に対する請求は、理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。 (小酒禮)

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